持戻しの免除(贈与・遺贈・遺留分)について

1.持戻しの免除とは

(1)特別受益の考慮

相続人の具体的相続分を確定する場面においては「特別受益」の考慮が必要となる。

特別受益については、つぎの条文を確認。

参照条文

民法(明治二十九年法律第八十九号)

(特別受益者の相続分)
第九百三条 
共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
(・・・)

特別受益とは、つぎに該当するものをいう。

  • 被相続人から共同相続人に対する遺贈
  • 被相続人から共同相続人に対する贈与(ただし婚姻若しくは養子縁組のためになされたもの)
  • 被相続人から共同相続人に対する贈与(ただし生計の資本としてなされたもの)
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(2)公平のための「持戻し」

具体的相続分を計算するにあたって、基礎となる「相続財産」は、相続開始時点において被相続人の財産に属している必要がある。
すでに贈与された財産は相続の対象とはならない。

とはいえ、特別受益は「相続分の前渡し」であると考えると、具体的相続分を計算するにあたっては、特別受益を「計算上、相続財産に戻す。」必要があることになる。
これを考慮しないことは、共同相続人間の平等を破ることとなる。

(3)他の相続人からの主張が必要

「持戻し」については、相続人からの主張が必要である。
(上記903条1項の規定ぶりを見ると、主張なく計算するようにも読めるが。)

2.特定財産承継遺言と特別受益

(1)特別受益になるのか?

遺贈と同様の効果を持つことから、特別受益として考慮される。

参考:最判H3.4.19民集第45巻4号477頁

(2)持戻し免除の意味

相続人に対する遺贈と同様に「持戻しを免除する」ということになると、遺贈の対象となった財産が相続財産から除外される。
そのうえで、当該相続財産を基礎として、具体的相続分の算定が行われることになる。

【参照:潮見 佳男 (著)『詳解 相続法』弘文堂 (2018/12/17)P.208】

3.持戻し免除の意思表示

(1)持戻し免除の意思表示の方法

持戻し免除の意思表示の方法について、民法は特段の制限を設けていない。

遺言によって、持戻し免除の意思表示をすることも認められている。

黙示の意思表示でもよいとされるが、事の重大さを考えれば、明示的に意思表示することが当然であろう。

参照条文

民法(明治二十九年法律第八十九号)

(特別受益者の相続分)
第九百三条 
(・・・)
3 被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
(・・・)

遺言における「持戻し免除の意思表示」の文案

「民法903条1項に規定する相続財産の算定にあたっては、当該贈与にかかる土地の価額は相続財産の価額に加えない。」

「民法903条1項に規定する相続財産の算定にあたっては、遺言者が相続人らにした贈与・遺贈にかかる財産の価額は、相続財産の価額に加えない。」

(2)配偶者に対する遺贈・贈与に関する「推定」

平成30年改正により新設されたものである。

  • 婚姻期間が二十年以上の夫婦
  • 他の一方に対する遺贈又は贈与
  • 居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与

以上のすべてに当てはまる場合には「持戻し免除の意思表示」をしたものと推定される。

なお、対象が「居住の用に供する建物又はその敷地」に限定されていることに留意。
(事後的に居住性が消失した場合には、どうなるのだろうか?)

参照条文

民法(明治二十九年法律第八十九号)

(特別受益者の相続分)
第九百三条 
(・・・)
4 婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。

4.遺留分との関係

(1)遺留分の規定を確認

遺留分の算定において考慮されるのは、つぎの「贈与」。
(なお1045条において「負担付贈与」や「不相当な対価をもってした有償行為」も対象となりうる。)

【相続人に対する贈与】

  • 相続開始前の10年間にしたもの
  • かつ、「婚姻若しくは養子縁組のため」又は「生計の資本として受けた」もの。
  • 10年より前であっても当事者双方が「悪意(遺留分権利者に損害を加えることを知っていること)」であったもの

【相続人以外に対する贈与】

  • 相続開始前の1年間にしたもの
  • 上記以外であっても当事者双方が「悪意(遺留分権利者に損害を加えることを知っていること)」であったもの
参照条文

民法(明治二十九年法律第八十九号)

(遺留分を算定するための財産の価額)
第千四十三条 
遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。
(・・・)

第千四十四条 
贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
2 第九百四条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
3 相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「一年」とあるのは「十年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。

(2)「遺留分減殺請求権」であったとき

改正前は、相続分の指定に関する902条1項において「遺留分に関する規定に違反することはできない」と規定されていた。
また、持戻し免除の意思表示についても「遺留分に関する規定に違反することはできない」とされていた。

当該規定により、持戻し免除の意思表示も減殺の対象となり、減殺請求されると「遺留分を侵害する限度で意思表示が失効」していた。

(2)「遺留分侵害額請求権」になったとき

改正により「遺留分に関する規定に違反することはできない」旨の規定は削除された。
これにより具体的相続分の計算の場面においては、遺留分に関する考慮は不要となった。

あくまで「遺留分侵害額の計算」の場面において、上述のような贈与が考慮されることとなる。

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