民法909条の2に基づく遺産分割前の預貯金債権行使について

2020年10月2日

1.条文

民法(明治二十九年法律第八十九号)

第九百九条の二

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条【法定相続分】及び第九百一条【代襲相続人の相続分】の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

第九百六条の二

遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。

2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。

民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額を定める省令(平成三十年法務省令第二十九号)

民法(明治二十九年法律第八十九号)第九百九条の二の規定に基づき、同条に規定する法務省令で定める額を定める省令を次のように定める。

民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額は、百五十万円とする。

家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)

第二百条

家庭裁判所(第百五条第二項の場合にあっては、高等裁判所。次項及び第三項において同じ。)は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、財産の管理のため必要があるときは、申立てにより又は職権で、担保を立てさせないで、遺産の分割の申立てについての審判が効力を生ずるまでの間、財産の管理者を選任し、又は事件の関係人に対し、財産の管理に関する事項を指示することができる。

2 家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは、当該申立てをした者又は相手方の申立てにより、遺産の分割の審判を本案とする仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができる。

3 前項に規定するもののほか、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(民法第四百六十六条の五第一項に規定する預貯金債権をいう。以下この項において同じ。)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。

2.改正の趣旨

  • 判例
    最大決平成28年12月19日(民集第70巻8号2121頁)
    https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=86354

    【要旨】共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となる。

  • 上記判例による問題
    凍結された預金口座からの払戻には、共同相続人全員の同意が必要となった。
    そうなると、相続に係る緊急の支出(相続債務の弁済。扶養家族の生活費。葬儀費用の支出など。)に対応できないケースがでてくるおそれが生じる(銀行実務は、従前から、相続分限りの払戻には応じてくれなかったのだが。。。)。
  • そこで民法909条の2の創設
    裁判所の判断を経ることなく、遺産分割前に、各相続人が単独で預金債権を行使することができる。

    • 要件は次のとおり。
      • 遺産に属する預貯金債権
      • 相続開始の時の債権額の 3分の1×法定相続分 を限度
        (注)預貯金債権ごとに判断される。普通預金と定期預金は別に計算!
        (注)相続開始後に、預貯金の増減があったとしても、「相続開始時の債権額」が基準。
      • さらに、預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額(150万円)を限度
    • 効果はつぎのとおり。
      権利行使した預貯金債権については、当該相続人が遺産の一部の分割により取得したものとみなされる(「みなす」であるから、事後の遺産分割協議において906条の2を適用する場面と異なり、相続人全員の合意は不要となる。)。 

3.払戻しをするにあたって必要な書類

全銀協のHPにつぎのような案内がされている。
https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/article/F/7705_heritage_leaf.pdf

このリーフレットによれば、必要書類は以下の通り。
(このほかに、金融機関所定の申込書等への記入が必要になります。)

  • 被相続人の出生死亡の戸籍
  • 相続人全員の戸籍
  • 払戻しを希望する相続人の印鑑証明書
  • 払戻しを希望する相続人の本人確認書類(免許証等)

改正の趣旨としては「相続に係る緊急の支出への対応」を目的としていたが、条文上は、「緊急の支出に対応する必要があること」などは要件となっていない。金融機関側としても支出の必要性を確認する必要性はないし、請求する相続人としても払戻しをする必要性があれば、その目的を示すことなく、権利行使が可能である。

また、払戻しの対象となる預貯金は「遺産に属するもの」である必要があるが、遺贈や特定財産承継遺言についても対抗要件主義の適用があるため、金融機関としては、遺贈や特定承継遺言による預貯金債権の取得者が債務者対抗要件を具備するまでの間は、各預貯金が遺産に属することを前提として対応すればよいこととなる(金融機関への申込みにあたっては、遺言の無いことについて表明保証を求められるのだろうが。)。

4.909条の2に基づく払戻請求権の譲渡や差押えの可否について

不可とされる。本条に基づく払戻請求権は、準共有されている預貯金債権の権利行使につき例外を認めたにとどまり、別種の預貯金債権を創設するものではないため。

とはいえ、準共有持分そのものを譲渡したり差押えすることは可能である。同時期の改正により、法定相続分を超える範囲については対抗要件主義が適用されることとなっている(だからこそ、相続人としては、早急に準共有状態を解消したい!!)。

なお、譲渡を受けた準共有持分に基づき、909条の2に基づく払戻請求権を行使することは不可とされている(遺産共有ではなくなるからか?差押債権者としては共有物分割の手続きをとればよい。)。

5.家事事件手続法による保全処分との比較

家事事件手続法200条3項による保全処分の要件はつぎのとおり。

  • 遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合
  • 相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情
  • 上記事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要がある
  • 他の共同相続人の利益を害さない

調停等の申立てが前提となっていること、権利行使の必要性を認めてもらう必要があることに特に留意が必要。また、効果が「仮に取得」にとどまることから、調停等をなす場面においては仮取得部分の預貯金も遺産に含めて判断がなされる(仮取得部分は求償関係として処理される。)。