根抵当権の「債権の範囲」について(その1)

2023年6月4日

1.条文

(1)債権の範囲

参照条文

民法(明治二十九年法律第八十九号)

(根抵当権)
第三百九十八条の二 
抵当権は、設定行為で定めるところにより、一定の範囲に属する不特定の債権を極度額の限度において担保するためにも設定することができる。
2 前項の規定による抵当権(以下「根抵当権」という。)の担保すべき不特定の債権の範囲は、債務者との特定の継続的取引契約によって生ずるものその他債務者との一定の種類の取引によって生ずるものに限定して、定めなければならない。
3 特定の原因に基づいて債務者との間に継続して生ずる債権手形上若しくは小切手上の請求権又は電子記録債権(電子記録債権法(平成十九年法律第百二号)第二条第一項に規定する電子記録債権をいう。次条第二項において同じ。)は、前項の規定にかかわらず、根抵当権の担保すべき債権とすることができる。

(2)確認

根抵当権において「担保すべき債権」とすることができるのは、つぎのとおり。

  • 債務者との特定の継続的取引契約によって生ずる債権
  • 債務者との一定の種類の取引によって生ずる債権
  • 特定の原因に基づいて債務者との間に継続して生ずる債権
  • 手形上若しくは小切手上の請求権
  • 電子記録債権

また条文に記載されていないが、上記の担保すべき債権の範囲に属しない特定債権を併せて担保すべき債権とすることも可能とされている(参考:昭和46年10月4日民甲第3230号通達第2の一の5)。

2.包括根抵当について

(1)包括根抵当

債権の範囲について検討する前に「包括根抵当」について確認しておく必要がある。

包括根抵当とは、担保すべき債権の範囲に限定を持たせず、ただ極度額によってのみ担保される範囲が限定されるものをいう。

(2)登記実務における包括根抵当の否定

昭和30年6月4日民甲第1127号通達

【要旨】

被担保債権を特定せしめるに足りる「基本契約」が存しないで、単に現在および将来の一切の債務を担保する旨の根抵当権の設定契約は、有効のものと解することはできないから、当該設定契約による登記の申請は受理すべきでない。

登記実務においては、債権者・債務者間に存在するあらゆる債権を担保する「包括根抵当」は無効であり、根抵当権も抵当権の一種として「一定の範囲から生じる債権に対する付従性」を要求していた。

「債権の範囲」に悩まされる身からすると「包括根抵当」は輝いて見える。

包括根抵当への批判としては「根抵当権者による担保目的物の交換価値の独占を招くこととなる」とのものがあり、そういわれると「そうなのかなぁ」と思ったり思わなかったり。

また「およそ担保権というのは何がしかの債権に付従するものなのだ」という理論的考え方もあったようだ(昭和46年民法改正前においては、根抵当権自体が明文の根拠を欠く中で、抵当権の延長線上に位置づける必要もあったとされる。)。
【参考:小池信行・藤谷定勝/監修 不動産登記実務研究会/編著『Q&A 権利に関する登記の実務IX 第4編 担保権に関する登記(三)』日本加除出版 (2012/8/1)P.127】

(3)昭和46年民法改正における包括根抵当の否定?

そもそも根抵当権については、昭和46年の民法改正まで、民法に明文規定が設けられていなかった!
(実務的には、その遥か昔から慣行的な制度として存在しており、判例上も認められ、登記もなされていた。)
(法令上の根拠がなく登記がなされていたということ?)

昭和46年民法改正において、やっとこさ明文化されるに至ったわけだが、その立法過程においては「包括根抵当」を巡る議論があったという。
この点についても、つぎの書籍が非常に参考となるので、詳細は省略。

小池信行・藤谷定勝/監修 不動産登記実務研究会/編著
『Q&A 権利に関する登記の実務IX 第4編 担保権に関する登記(三)』日本加除出版 (2012/8/1)

とりわけ同書P.41以下。

(4)個人の感想

不勉強な筆者の備忘録としての感想になるが、「債権の範囲」については、従前の「会社の目的の明確性」と同様のモヤモヤした感じがする。

第三者は、結局「極度額」と「担保価値」を比較するだけだろう。

債権の範囲の変更による変更登記においては、「範囲の拡大」か「範囲の縮減」かによって、登記権利者・義務者が入れ替わるのも辛い・・・(厳密には「縮減されることが形式的に明らか」か「そうではないか」)。
当事者にとっては重要なのだろうが、有利不利を「形式的に」判断する意味あるのかと感じてしまう?

参照条文

民法(明治二十九年法律第八十九号)

(根抵当権の被担保債権の範囲及び債務者の変更)
第三百九十八条の四 
元本の確定前においては、根抵当権の担保すべき債権の範囲の変更をすることができる。債務者の変更についても、同様とする。
2 前項の変更をするには、後順位の抵当権者その他の第三者の承諾を得ることを要しない。
3 第一項の変更について元本の確定前に登記をしなかったときは、その変更をしなかったものとみなす。

3.「債権の範囲」を登記する

(1)根抵当権の登記事項を確認

まずは権利に関する登記一般に関連して。

参照条文

不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)

(権利に関する登記の登記事項)
第五十九条 
権利に関する登記の登記事項は、次のとおりとする。
一 登記の目的
二 申請の受付の年月日及び受付番号
三 登記原因及びその日付
四 登記に係る権利の権利者の氏名又は名称及び住所並びに登記名義人が二人以上であるときは当該権利の登記名義人ごとの持分
五 登記の目的である権利の消滅に関する定めがあるときは、その定め
六 共有物分割禁止の定め(共有物若しくは所有権以外の財産権について民法(明治二十九年法律第八十九号)第二百五十六条第一項ただし書(同法第二百六十四条において準用する場合を含む。)若しくは第九百八条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合若しくは同条第一項の規定により被相続人が遺言で共有物若しくは所有権以外の財産権について分割を禁止した場合における共有物若しくは所有権以外の財産権の分割を禁止する定め又は同条第四項の規定により家庭裁判所が遺産である共有物若しくは所有権以外の財産権についてした分割を禁止する審判をいう。第六十五条において同じ。)があるときは、その定め
七 民法第四百二十三条その他の法令の規定により他人に代わって登記を申請した者(以下「代位者」という。)があるときは、当該代位者の氏名又は名称及び住所並びに代位原因
八 第二号に掲げるもののほか、権利の順位を明らかにするために必要な事項として法務省令で定めるもの

なお、59条4号における「登記名義人ごとの持分」については記載不要(昭和46年10月4日民甲第3230号通達第12。その理由は民法398条の14第1項。確定時の債権額の割合に応じて弁済を受けるから。)。

つづいて、根抵当権特有の事項について。

参照条文

不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)

(抵当権の登記の登記事項)
第八十八条
(・・・) 
2 根抵当権の登記の登記事項は、第五十九条各号及び第八十三条第一項各号(第一号【債権額】を除く。)に掲げるもののほか、次のとおりとする。
一 担保すべき債権の範囲及び極度額
二 民法第三百七十条【抵当権の効力の及ぶ範囲】ただし書の別段の定めがあるときは、その定め
三 担保すべき元本の確定すべき期日の定めがあるときは、その定め
四 民法第三百九十八条の十四【根抵当権の共有】第一項ただし書の定めがあるときは、その定め

(担保権の登記の登記事項)
第八十三条 
先取特権、質権若しくは転質又は抵当権の登記の登記事項は、第五十九条各号に掲げるもののほか、次のとおりとする。
一 債権額(一定の金額を目的としない債権については、その価額)
二 債務者の氏名又は名称及び住所
三 所有権以外の権利を目的とするときは、その目的となる権利
四 二以上の不動産に関する権利を目的とするときは、当該二以上の不動産及び当該権利
五 外国通貨で第一号の債権額を指定した債権を担保する質権若しくは転質又は抵当権の登記にあっては、本邦通貨で表示した担保限度額
2 登記官は、前項第四号に掲げる事項を明らかにするため、法務省令で定めるところにより、共同担保目録を作成することができる。

さきほどの「登記名義人ごとの持分の記載は不要」との点に関連して、88条2項4号では、民法398条の14第1項但書にかかる定めが登記事項と定められている。

(2)「担保すべき債権の範囲」の登記について

下記の記事につづく。

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