株式会社の本店移転の登記の進め方について

2016年4月9日

1.考え方

  • 定款変更の要否
  • 管轄登記所変更の有無
  • 会社の意思決定プロセス

2.定款変更の要否

(1)定款上で本店所在地をどのように定めているか

  • 「当会社の本店は静岡県沼津市に置く」
  • 「当会社の本店は静岡県沼津市若葉町○番〇号に置く」

(2)定款上における本店所在地の定め方について

大正13年12月17日民事第1194号回答

【要約】

法人の定款に記載すべき事務所は、その所在を最小行政区画によって表示すればOK。

町名(〇〇町二丁目)・街区符合(〇番)・住居番号(〇号)まで表示する必要はない。 

3.「最小行政区画」とは?

(1)法律学小辞典の定義

下記参考文献(P.220)によれば行政区画とは「行政機関の権限が地域によって限界づけられている場合の、その地域のこと」を指すとされる。

さらに、同文献(P.219)によれば、行政機関とは「行政組織を構成し、行政事務を担任する機関」を指すとされる。

【参考文献:法令用語研究会 (編集)『有斐閣法律用語辞典〔第5版〕』有斐閣; 第5版 (2020/12/23)】

そうなると、上記「最小行政区画である市町村」とは、行政事務を担当する最小単位であるところの機関の権限が及ぶ地域と考えられる。

この意味での行政機関を、大きい順番に並べれば「国>都道府県>市町村」であるから、たとえば「静岡県沼津市」(「日本国」は当然のことなので省略)という記載で(定款上の)本店の表記としてはOKとなる。

(2)政令指定都市

上記の定義づけのなかで気になったのは、東京都・政令指定都市。

まずは、政令指定都市について。

参照条文

地方自治法(昭和二十二年四月十七日法律第六十七号)
第二百五十二条の十九

政令で指定する人口五十万以上の市(以下「指定都市」という。)は、次に掲げる事務のうち都道府県が法律又はこれに基づく政令の定めるところにより処理することとされているものの全部又は一部で政令で定めるものを、政令で定めるところにより、処理することができる。

すなわち「都道府県並み」ということになる。したがって、「国>市(あいだに都道府県が入らない)」という考え方となり、定款上の記載も、たとえば「静岡市」だけで足りることとなる。
なお、政令指定都市の定める「区」は、いわゆる行政機関とは考えられていない。

参照条文

地方自治法(昭和二十二年四月十七日法律第六十七号)
第二百五十二条の二十  

指定都市は、市長の権限に属する事務を分掌させるため、条例で、その区域を分けて区を設け、区の事務所又は必要があると認めるときはその出張所を置くものとする。

比較する意味で「市町村」の定義づけを確認。

参照条文

第一条の三  
地方公共団体は、普通地方公共団体及び特別地方公共団体とする。
2  普通地方公共団体は、都道府県及び市町村とする。

第二条  
地方公共団体は、法人とする。
2  普通地方公共団体は、地域における事務及びその他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理することとされるものを処理する。
3  市町村は、基礎的な地方公共団体として、第五項において都道府県が処理するものとされているものを除き、一般的に、前項の事務を処理するものとする。

(3)東京都と東京23区について

東京都については、東京23区の取扱いがポイント。

参照条文

第二百八十一条  
都の区は、これを特別区という。
2  特別区は、法律又はこれに基づく政令により都が処理することとされているものを除き、地域における事務並びにその他の事務で法律又はこれに基づく政令により市が処理することとされるもの及び法律又はこれに基づく政令により特別区が処理することとされるものを処理する。

したがって、東京23区は「市町村並み」ということになる。
定款上の記載は、たとえば「東京都千代田区」となる。

4.管轄登記所の変更の有無

本店所在地が変更になったことによって、管轄する登記所も変更となった場合、登記申請の方法が、管轄登記所の変更を伴わない場合と相違してくる。

(1)法人と管轄登記所の関係

参照条文

商業登記法(昭和三十八年七月九日法律第百二十五号)
第一条の三  
登記の事務は、当事者の営業所の所在地を管轄する法務局若しくは地方法務局若しくはこれらの支局又はこれらの出張所(以下単に「登記所」という。)がつかさどる。

法務局の管轄は「営業所の所在地」で決定される。

(2)管轄登記所変更の場合の登記申請

参照条文

会社法(平成十七年七月二十六日法律第八十六号)
第九百十六条
会社がその本店を他の登記所の管轄区域内に移転したときは、二週間以内に、旧所在地においては移転の登記をし、新所在地においては次の各号に掲げる会社の区分に応じ当該各号に定める事項を登記しなければならない。
一  株式会社 第九百十一条第三項各号に掲げる事項
【※ 会社設立時に登記すべきとされる事項と同じ。すなわち、旧所在地において既に登記されている事項および移転と同時に変更した事項を登記する。】
二  合名会社 第九百十二条各号に掲げる事項
三  合資会社 第九百十三条各号に掲げる事項
四  合同会社 第九百十四条各号に掲げる事項

参照条文

商業登記法(昭和三十八年七月九日法律第百二十五号)

第五十一条  
本店を他の登記所の管轄区域内に移転した場合の新所在地における登記の申請は、旧所在地を管轄する登記所を経由してしなければならない。第二十条第一項又は第二項の規定により新所在地を管轄する登記所にする印鑑の提出も、同様とする。
2  前項の登記の申請と旧所在地における登記の申請とは、同時にしなければならない。
3  第一項の登記の申請書には、第十八条の書面を除き、他の書面の添付を要しない。

第五十三条  
新所在地における登記においては、会社成立の年月日並びに本店を移転した旨及びその年月日をも登記しなければならない。

第二十条  
登記の申請書に押印すべき者は、あらかじめ、その印鑑を登記所に提出しなければならない。改印したときも、同様とする。

第十八条  
代理人によつて登記を申請するには、申請書(前条第四項に規定する電磁的記録を含む。以下同じ。)にその権限を証する書面を添付しなければならない。

【参照記事:管轄外への本店移転とオンライン申請】

5.会社の意思決定プロセス

(1)定款変更を伴う場合

株主総会による。

参照条文

会社法(平成十七年七月二十六日法律第八十六号)

第四百六十六条  
株式会社は、その成立後、株主総会の決議によって、定款を変更することができる。

第三百九条
(・・・)
2  前項の規定にかかわらず、次に掲げる株主総会の決議は、当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(三分の一以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の三分の二(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上に当たる多数をもって行わなければならない。この場合においては、当該決議の要件に加えて、一定の数以上の株主の賛成を要する旨その他の要件を定款で定めることを妨げない。
(・・・)
十一  第六章から第八章までの規定により株主総会の決議を要する場合における当該株主総会

※ なお会社法466条は「第六章 定款の変更」に含まれる。

(2)具体的所在地の決定

取締役会設置会社か、そうでないかによって決定機関が異なる。

参照条文

会社法(平成十七年七月二十六日法律第八十六号)

第三百六十二条  
取締役会は、すべての取締役で組織する。
2  取締役会は、次に掲げる職務を行う。
一  取締役会設置会社の業務執行の決定
二  取締役の職務の執行の監督
三  代表取締役の選定及び解職
(・・・)
4  取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。
一  重要な財産の処分及び譲受け
二  多額の借財
三  支配人その他の重要な使用人の選任及び解任
四  支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止
五  第六百七十六条第一号に掲げる事項その他の社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項
六  取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
七  第四百二十六条第一項の規定による定款の定めに基づく第四百二十三条第一項の責任の免除

第三百四十八条  
取締役は、定款に別段の定めがある場合を除き、株式会社(取締役会設置会社を除く。以下この条において同じ。)の業務を執行する。
2  取締役が二人以上ある場合には、株式会社の業務は、定款に別段の定めがある場合を除き、取締役の過半数をもって決定する。
3  前項の場合には、取締役は、次に掲げる事項についての決定を各取締役に委任することができない。
一  支配人の選任及び解任
二  支店の設置、移転及び廃止
三  第二百九十八条第一項各号(第三百二十五条において準用する場合を含む。)に掲げる事項   ※ 株主総会の招集
四  取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
五  第四百二十六条第一項の規定による定款の定めに基づく第四百二十三条第一項の責任の免除
4  大会社においては、取締役は、前項第四号に掲げる事項を決定しなければならない。

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