目次
1.常用漢字表について
(1)常用漢字表とは・「正しい漢字」とは
常用漢字表は、⼀般の社会⽣活において,現代の国語を書き表す場合の漢字使⽤の⽬安を⽰すものとされている。
「常用漢字表に記載されていない漢字を使用してはならない」とか「常用漢字表に表記された漢字の書き方と違うから誤り」というような使い方をするものではない。
むしろ、のちほど確認する「常用漢字表の字体・字形に関する指針」に関する文書では、つぎのように言われている。
漢字の字体・字形については、昭和 24 年の「当用漢字字体表」以来、その文字特有の骨組みが読み取れるのであれば、誤りとはしないという考え方を取っており、平成 22 年に改定された「常用漢字表」でも、その考え方を継承している。
平成28年2月29日付「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)について」文化庁
一方で、ときどきSNS等で「とめ」「はね」の違いでバツとされたテストの答案が話題を呼ぶなど「正しい漢字」「正しい漢字の書き方」への関心は高い。
というわけで「常用漢字表の字体・字形に関する指針」を確認しながら、字体・字形・「正しい漢字」について確認していきたい。
(2)当ブログにおける「常用漢字表」に関する整理
常用漢字表そのものについては、つぎの記事を参照。
2.字体・字形とは
そもそもの語の定義を確認していきたい。
なお、以下では「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」(以下「指針」という。)を参照している。
原典については、つぎのリンク先を参照のこと。
「常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)」が掲載されている。
(1)字体とは
字体とは、点画(漢字を構成している点と線)の数や組合せなど、基本となる骨組みのことをいう。
以下、重要な箇所なので、指針よりそのまま抜粋する。
字体は骨組みであるから、それが実際に印刷されたり、手で書かれたりする場合は、活字独特の装飾的デザインや、人それぞれの書き方の癖や筆勢などで肉付けされた形で表れる。したがって、ある一つの字体が印刷されたり書かれたりして具体的に出現する文字の形は一定ではなく、同じ文字として認識される範囲で、無数の形状を持ち得ると言える。
指針P.7
仮に、文字の形の整い方が十分でなく、丁寧に書かれていない場合にも、また、美しさに欠け稚拙に書かれている場合にも、その文字が備えておくべき骨組みを過不足なく持っていると読み取れるように書かれていれば、それを誤った文字であると判断することはできない。
つまり「字体」とは「文字の具体的な形状を背後で支えている抽象的な概念」なのだ!
(2)字形とは
字形とは、(手書き文字として、あるいは印刷文字として)具体的に出現した個々の文字の形状のことをいう。
字形は、字体という特定の具体的な形状を持たない抽象的な概念を、目に見える文字として表現したものである。
またまた重要箇所を抜粋する。
字形の違いが字体の違いにまで及ばない限り、特定の字形だけが正しく、他は誤りであると判定することはできない。
指針P.8
(3)書体とは
字形のうち、文字に施された一定の特徴や様式により体系化されたものを「書体」という。
例を挙げると、つぎのとおりである。
- 明朝体
- ゴシック体
- 篆書体
- 楷書体
(4)字種とは
字種とは「字体は異なっていても、原則として同じ音訓・意味を持ち、語や文章を書き表す際に文脈や用途によっては相互に入替えが可能なものとして用いられてきた漢字の集合体としてのまとまり」のことをいう。
指針において挙げられている例を一部紹介すると、つぎのとおり。
- 「学」と「學」
- 「桜」と「櫻」
指針P.9の図6「字体・字形・書体等の関係」は非常にわかりやすい。
また指針3章Q11。
ここでは「異体字」を「同じ字種でありながら字体の違う漢字」と定義している。
(5)構成要素とは
指針では、字体・字形の説明に際して「構成要素」という語を便宜的に使用している。
「構成要素」とは、漢字の字形においてその部分を成す点画の一定のまとまりを指す。
(部首として用いられるものを含むが、部首に限るものではない。)
(6)字体・字形に言及する意義
筆者は司法書士として「不動産登記・商業法人登記における文字」に強い関心を持っている。
とりわけ登記実務においては「ある漢字が別の漢字と同一であるか否か。」により手続きが大きく異なるケースがあり、「字形の異なる漢字の同一性」を判断するにあたり、字体・字形の理解は重要と考えている。
例:「北別府学」さんと「北別府學」さんは、登記記録上、同一人物として扱われるのか?
例:「神野櫻子」さんを「神野桜子」さんと登記しても良いのだろうか?
3.「常用漢字表の字体・字形に関する指針」の内容(一部を紹介)
(1)指針の基本的な考え方
漢字の字形に関して、手書き文字と印刷文字(情報機器等の画面上に表示される文字を含む。)との違いが理解されにくくなっている。
これにより、文字の細部に必要以上の注意が向けられる傾向などが生じている。
- 伝統的な漢字の文化が理解されにくくなり、手書き文字と印刷文字の字形のどちらか一方が正しいとみなされる。
- 本来は問題にしなくてよい漢字の形状における細部の差異が正誤の基準とされたりする。
指針は、こうした状況を国語施策の課題として捉え、状況の改善を図るものである。
(2)戸籍等の窓口業務における課題
戸籍や住民基本台帳等に関する官公庁の業務は、情報機器の導入により業務が電算化されている。
そのため、個人の姓名等の記載は印刷文字として示される場合がほとんどである。
こうした状況から、手書き文字との間の習慣による字形の相違をめぐって、窓口等で問題が生じる場合がある。
(たとえば戸籍に関する申請にあたり、窓口等で「令」という漢字の「一」の部分を「、 」のように手書きすると、明朝体の字形との差異から別の漢字であると判断され、印刷文字と同じ形に書き直すよう求められるなど。)
例として挙げたケースは、印刷文字と手書きの楷書のそれぞれの習慣による違い(字体の違いに及ばない字形の違い)であり、本来は問題にする必要のないものであるが「誤り」と評価されてしまうケースが発生している。
なお指針P.15(※)において、戸籍・住民基本台帳等における漢字の特殊性に言及がなされている。
(言及されている点については、平成2年10月20日民二第5200号通達も参照。)
(3)康煕字典体
指針3章Q8において言及されている。
「康熙字典」とは、18世紀の初めに清の康熙帝の勅命によって編纂された漢字字典で、5万弱の文字が214の部首に分類され収められています。
「康熙字典」が刊行された後は、そこに掲げられた漢字の字体・字形が活字を作る際の規範となり、日本でも戦前の明朝体活字の設計はおおむねこれによっていました。
「康煕字典」については、登記・戸籍実務においても度々言及される。
どんなものなのかと調べた結果、国立国会図書館のデジタルコレクションに行きつき、康煕字典と思われるものを閲覧して絶望したのは、良い思い出である。
(是非、「康煕字典」で検索してほしい)
そんなわけで、実務において康煕字典を参照するのは(個人的には)不可能であると思われ、そもそも康煕字典を読解できる人がどれくらいいるのか、通達を記載した人が康煕字典を読んだことがあるのか訝しんでいる。
指針3章Q8では、つぎのような記述もある。
やはりである。
明治時代以降に康熙字典体と呼び習わされてきたもののうち、そもそも「康熙字典」には載っていないもの(「塀」)や、見出しの字体とは違っているもの(「既」(「康熙字典」では俗字とされる。)、「鄕」等)があったりする
(4)明朝体
指針2章1(2)において言及されている。
明朝体は「明(1368~1644年)の時代に、印刷のための版木(板木)を彫刻するのに適した、また、印刷文字として読むことに特化された、手書きの楷書に基づく書体として用いられるようになったもの」と紹介されている。
発展の経過は、指針の記載を引用すると、つぎのとおり。
出版印刷業の更なる発展とともに、以前よりも木版印刷に速さや効率が求められることとなり、必要に応じて複数人で分担できる彫りやすい字形が追求された。
その結果、彫る人それぞれの癖や技術が表れることのないよう、点画を直線化し、横画と縦画をなるべく直角に交わるようにすることで、微妙な曲線や角度が表れるのを避けるようになった。
加えて、読むことに特化された字形であることから、文字を縦に並べたときに読みやすくなるように、縦画を太く、横画を細くし、いわゆるウロコやヒゲを付けるなどの様式化が行われた。
このような印刷に用いられる特有の字形を持った書体の体系として生じた
「ウロコ」については指針P.65を参照。
日本における明朝の源流は「築地体(築地明朝体)」であったそうな。
なんと奇遇!
4.まとめ
以上、「常用漢字表の字体・字形に関する指針」を簡単に確認してきた。
書籍としても販売されており、読み物のとしても、非常に面白い。
「とめ」「はね」でバツを食らったら、是非とも参照して欲しい。